藤沢に纏わるお話その2(2)

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藤沢に纏わるお話その2でご紹介した小川優さんからの投稿をいただきました。

腰越中学校から湘南高校へ― 私の青春のすべては、藤沢にあります。

大好きな地元を離れることができず、大学を選ぶ基準も「実家から通える場所」、そして就職先も、絶対に藤沢市が良いと心に決め、教員時代も市内に勤めることができました。

合格のジンクスのように、高校受験も大学受験も国家試験も採用試験も…すべての勉強は、秩父宮記念体育館隣の南市民図書館でした。

アナウンサーになってからも、想い叶って、藤沢へ戻ってくることができました。現在、レディオ湘南では、藤沢市広報番組とお昼のワイド情報番組を担当しています。特に広報番組では、市の事業や催し、活躍する人をピックアップしてお伝えしているため、取材先で高校の先輩方にお会いしお話を伺う機会も多くあります。

藤沢の魅力を再発見する喜び、そして、藤沢を見つめた時に、さまざまな場所で母校を感じることができるのも、この仕事の醍醐味です。

「学校の保健室の先生」という仕事からフリーアナウンサーへ転身できたのは、湘南高校の先輩方のおかげです。

当時、勤務校の校長先生であり、高校の先輩でもあった天利智子先生に転職の相談をすると「引き留めても、辞めるでしょ?」と笑いながら言われ、背中を押していただきました。

やりたいことに突き進む校風は、いつの時代も変わらず、そして、いくつになっても変わらないのだと感じた瞬間でした。

転職後、先輩方に誘われ、湘友会の支部の集まりに顔を出す機会が多くなりました。その中で、転職の話をした時に、転職をマイナスに思う先輩方がいらっしゃらなかったのも驚きました。
教員を辞めた時、周りの方々には「もったいない」と言われていた手前、先輩方からもそう思われるだろうと思っていましたが、「いーぞいーぞ!それでこそ湘南生だ!」と応援され、嬉しいことに毎年会うたびに「仕事はどう?」「あなたを見ていると、まるで自分ももう一度仕事をしているみたいだよ」と、皆さんが覚えていてくださるのです。それに応えるように仕事をし、大勢の家族のような先輩方に支えられながら、私は楽しく、やりたい仕事を実現させていっています。

私の今があるのは、先輩方のおかげであり、湘友会という家族のような繋がりがあったからです。あたたかく支えてくださり、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。